気まぐれなメモ帳。

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2009年卒の悲劇『リーマンショック』~配属編~

僕のリーマンショック時代のお話の続きございます。

 

N社にて内定を貰うが研修終了後に社長から新卒社員全員、自宅待機を命じられる。
なんとか配属先を紹介してもらいR社で働くことが決まった。
2009年6月下旬の頃の話で自宅待機は1ヵ月以上続いた。

正式な配属日は7月1日。R社にての通勤に変わった。
N社は「業務請負、客先業務」なので配属先が何処になるのかは入社日時点ではわからない。
(業務請負は簡単に言うと「派遣社員」みたいなもの。意味合いが違うけどだいたいこれであってる)
その為、住んでいた場所から遠いR社になってしまったのはちょっと辛かった。
だけど配属先が決まっただけ自分は運が良いと思って配属日、かなり早めに〇駅に向かう。


初日はN社の上司が付き添いで〇駅にて待っていてくれた。上司と共にR社へ向かう。
R社は大手である為セキュリティが重視されていた。
会員カードが無いと入れない為N社上司とは入口でさようなら。
受付で名前と社名を名乗り、面接した時に顔をあわせたR社上司と二度目の顔合わせ。

ここで説明するとR社で配属となるが
プロジェクトチームは全部で12名。
その中で「N社からの配属社員」が僕含め4名
その他、「D社からの配属社員」が5名、
その他、「B社からの配属社員」が3名だった。
R社本社の社員はこのプロジェクトチームでには存在せず下請けばかり集めた事業部となっていた。
ただ、D社に限っては主要取引先としてR社と親密な繋がりがあり
D社からの配属社員はリーダー、プロジェクトマネージャクラスだった。
ちなみに面接時に顔合わせした上司はD社からの配属社員のプロジェクトマネージャ。

業種はシステム運用エンジニア。
この辺りのことはあまり細かい事は言えない…
大手なので機密情報に関してはかなり厳しい。

OJTという名目上、N社配属の上司から仕事を聞きながら教わっていったが
実際N社上司は自分の仕事がある為ちゃんと教えてもらえなかった。
その為D社配属プロジェクトマネージャの上司が教えてくれることが多かった。(だがほぼ放置されてた)
ちなみにこれは問題があった。
「注文先会社(R社、D社の社員)」が「請負の社員(N社の僕)」に対して作業指示を行うのは「偽装請負」の疑いが出る。

下請け、下請けといった会社ではこういった問題が頻繁に起きる。
もちろん「疑い」レベルなのだが後々N社でネット検索したら
偽装請負はしてる可能性があった」という声が結構見えたためほぼクロだろう。

その問題は置いておいてどうして僕がこのR社に入れたのだろうか?
ひっそりとN社配属の上司から聞いた話だが能力が認められたわけではなく、
「このプロジェクトチームで1名、問題事を起こしてクビになった社員がいて空きがきたら呼ばれただけ」
という話だった。少しショックだった。
なので即戦力を求められたため、実質初めての社会人生活での僕は混乱していた。
まともに教えてもらえず、毎日精神力をつぶされる日々。

ちょうどこの頃、自分が辛かったときにネットで話題になった
涼宮ハルヒエンドレスエイト」は思い出深いものだった。
毎日毎日同じような日々を繰り返す。
この時の僕自身を投影してるようだった。

結局仕事で即戦力になれず約3ヶ月後、
N社本社の上司との面談で契約終了の話が来る。

2009年10月、僕は再度自宅待機の指示を受けるのであった。

 

~退職編~へ続く。

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